会員制のリゾートホテル「東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢」は、生ゴミを効率的に堆肥化するコンポストを導入し、それまでゴミとして処分していた落ち葉やレストランで発生した生ゴミを肥料に変え、提携農家に無償提供している。そしてその農家で栽培された農作物をホテルのレストランで使用する。こうした「食の循環」「地産地消」の取り組みによって、焼却処分されるゴミの量や二酸化炭素排出量が大幅に削減されただけでなく、地元産の新鮮な作物を味わえると宿泊客にも好評だ。東急不動産、東急リゾーツ&ステイは、東急ハーヴェストクラブの全施設に2025年度までにこのコンポストを導入することにしている。
生ゴミを85%削減 残りを堆肥化
瓶や缶、ペットボトル、紙類など各自治体でゴミを細かく分別していることなどから、日本のリサイクル率は世界でも上位だと思い込んでいる人が多いのではないだろうか。実は日本のリサイクル率は約19%にすぎず、OECD加盟34か国中27番目と最低クラスになっている。リサイクル率の低い最も大きな要因が、世界でも突出しているゴミの焼却処分で、その約4割が生ゴミだ。環境省の資料によると、生ゴミなどの食品廃棄物は日本では年間約1900万㌧も出ているという。2020年のコメの国内生産量が776万㌧だから、日本では毎年、生産されるコメの約2.5倍もの量の生ゴミを捨てていることになる。そしてそれを焼却処分することで、地球温暖化の要因となる二酸化炭素を排出することにつながっている。リサイクル率を上げ、二酸化炭素の排出を削減するためには、生ゴミの廃棄を減らさなければならない。
「東急ハーヴェストクラブ」は、別荘を持つ歓びとホテルならではの手軽さを同時に手に入れることができる会員制リゾートホテル。1988年に長野・蓼科で誕生し、全国で28施設が開業しており、約26,000人の会員が利用している。旧軽井沢は隣接する旧軽井沢アネックスと合わせて182室がある、東急ハーヴェストクラブの中でも最大クラスの規模となっている。
東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢の総務・施設管理担当、濵野亮太さんは、「東急不動産ホールディングスグループ全体として環境対策に積極的に取り組んでいる中、この旧軽井沢で何ができるだろうと考えました。ここは広い敷地に落葉樹木が多数あり、秋にはかなりの量の落ち葉が出ます。これを集めて堆肥にしてはどうか。落ち葉が堆肥になるなら、生ゴミもできるのでは、ということになりました。これまでレストランの調理過程で出た生ゴミは、すべて廃棄処分しており、そのための費用もかかっていました。そんなときに、食材の納入をしていただいている日栄物産長野事務所所長の山本容子さんから生ゴミを堆肥化する取り組みを紹介してもらい、業務用バイオ式生ごみ処理機(コンポスト)の『バイオクリーン』を導入しました」と話す。
バイオクリーンは、生ゴミの約85%を分解消滅させ、残りが野菜などの栽培に適した良質な堆肥となる。高い分解力で臭気などの環境負荷が少なく、植物の生長に不可欠な窒素、リン酸、カリウムを含む良質な肥料を得ることができる。化学物質を一切使わないため、有機農法に最適で、環境にやさしい肥料になる。旧軽井沢では2022年8月にこのコンポストを導入した。
「はじめは、お客さまが食べ残したものも入れていましたが、それでは水分、油分が多くてベトベトになってしまいました。野菜を仕入れている農家の方にも相談しながら、ドレッシングなど油分がついた物を除き、水分をなるべく抜くよう工夫を重ね、2か月ほどたった10月ごろからようやく、農家の皆さんにも使っていただけるような、サラサラした堆肥を作れるようになりました」と濵野さんは語る。
堆肥を無償提供 農家とのつながり深まる
できた堆肥は、野菜類を納入してもらっている6軒の農家に無償で配布している。農家と東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢の仲介役となっている山本さんは、「とても良い成分の肥料が出来るようになりました。肥料代が値上がりしていることもあり、農家の方たちもこの肥料を待ってくれています。これからは果物生産農家などにも声をかけ、たとえば宿泊客がフルーツなどの収穫体験をする、農家と宿泊客を結ぶようなイベントもできたら、と思っています」と語る。また、日栄物産の平井昌一社長は、「食材の残りやゴミで肥料が作られ、その肥料がまた次の野菜作りに使われる。こうした循環には、『食のストーリー』があります。宿泊したお客さまにも、この野菜にはこんなストーリーがあると知ってもらえると、より親近感、信頼感も高まるのではないでしょうか。そのお手伝いをできるということで、私たちもうれしく思います」と言う。
市場を通して食材を買い付けると、長さや大きさなどがそろった、きれいなものが入手できる。だが、流通のための時間がかかり、どうしても収穫から数日のタイムラグができてしまう。さらに、形がふぞろいな規格外の野菜は市場で売れないため、結果として、生産農家が泣く泣く廃棄せざるを得ないという食品ロスになるケースが多い。だが、日栄物産が農家と東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢との仲立ちをして、地元農家と顔の見える付き合いをすることで、こうした食品ロスを減らすこともできるようになったようだ。
東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢の料理長、市村浩志さんは、「堆肥を提供することで農家のみなさんとのつながりも深くなりました。前日や当日に収穫したばかりの新鮮な野菜を手に入れることができます。レストランでは、地産地消の取り組みを宿泊客のみなさんにもお伝えすることで、より食事を楽しんでいただいています。時には市場に出回らないような珍しい地元の野菜を持ってきていただくこともあり、そんなときは、この食材をどう料理しようかと、チャレンジできる喜びがあります。私たちは、規格外でも農家のみなさんから買い取るようにしています。味が変わらず、新鮮で、レストランの利用客にも、農家のみなさんにも喜んでいただける。これからも地元ならではの食材や、それを生産している農家のみなさんとのつながりを大切にしていきたい」と語る。
佐久地域に伝わる、太く短い「佐久古(こ)太(だい)きゅうり」を生産している佐久古太きゅうり保存会会長の工藤正博さんも、この堆肥の提供を受けた。工藤さんはこのきゅうりについて「果肉が厚くてみずみずしいのが特徴。味は良いのですが、収穫量があまり多くないことから次第に生産されなくなっていました」と説明する。2011年に長野県によって『信州の伝統野菜』に選定され、2017年に佐久古太きゅうり保存会も『伝承地栽培認定』も受けた。その後、工藤さんらが普及に尽力し、保存会の会員数、生産量ともに増加。今では54軒の農家がこの伝統あるきゅうりを生産しているという。「全国的にはあまり知名度がありませんが、東急ハーヴェストクラブには全国各地からお客さまがいらっしゃっています。ここで使ってもらうことで、多くのみなさんに知ってもらう機会をいただき、大変ありがたい」と工藤さん。
提供された肥料は、佐久古太きゅうりのほか、ニンジンやミニトマトにも利用したという。「肥料の成分分析の資料を見せていただき、これなら良質な肥料である牛糞に近く、非常に良い、と思いました。2023年は、野菜にとっても厳しい暑い夏でしたが、ミニトマトでは尻腐れ病(野菜の尻側が黒くなり、腐る病気)が全く出ませんでした。はっきりしたことは言えませんが、良質な肥料のおかげだと思っています」と笑顔で語った。
山本さんによると、これらのほか、2024年1月には、提供した肥料で育てられた大豆を使った豆腐の販売も始まるという。この豆腐は東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢のレストランでも利用していく方針。生ゴミを活用した肥料による食の循環の“輪”はさらに広がりを見せているようだ。
このコンポストは2025年度までに東急ハーヴェストクラブ全施設(提携施設を除く)に導入されることになっている。東急不動産ホテル・リゾート開発企画本部の石原宏基さんは、「なるべくゴミを出さず、環境負荷を小さくするこの試みは、私たち東急不動産ホールディングスグループ全体の考え方と同じ方向を向いています。旧軽井沢でまず導入されましたが、この1施設だけでなく、東急ハーヴェストクラブをはじめとする他の運営施設にも導入することで、私たちの環境に対する積極的な取り組みについて、より説得力を持たせることができると考えています」と言う。2023年12月現在、計11施設に導入済みで、タングラムスキーサーカス(東急ハーヴェストクラブ斑尾)はトウモロコシ畑、東急ハーヴェストクラブ那須は地域のブランド米「ブラーゼン米」、蓼科東急リゾート内施設は宿泊者が収穫体験できる「エディブルガーデン」で堆肥を利用している。石原さんは「これからも、規格外の食材を買い取るなど、テーブルに並ぶ前の食品ロス削減、食以外の廃棄物削減に向けた仕組みづくりを積極的に進めていきたい」と話している。