高度経済成長期に開発された大型団地などでは、老朽化した建物の維持・管理が大きな課題となっている。狭くて住みにくかったり、居住者が減少したりして取り壊されることも少なくない。鉄筋コンクリート造り住宅の法定耐用年数は国の算定で47年とされているが、実際の「寿命」は100年以上とも言われている。古い鉄筋コンクリート住宅が取り壊されるのは、構造上の寿命よりも、設備や機能などが理由となることが多いという。こうした中、千葉県我孫子市で1977年に東急不動産が開発し、東急コミュニティーが管理・運営をしてきた住戸数994戸の大規模団地「我孫子ビレジ」が、理事会主導で団地全体の長寿命化を推進している。開発段階から現在の耐震基準を満たす強固な作りで、配管などの改修もしやすい余裕のある設計が取り入れられていた。1戸当たりの専有面積が78㎡以上と比較的広いことや、建物の寿命を延ばすための大規模改修を適切な時期にしてきたことなどから、竣工後45年以上を経ても入居率が約95%と高水準を維持している。こうした長寿命化の取り組みが高く評価されて2022年、公益社団法人ロングライフビル推進協会が主催する「第31回BELCA賞」の「ロングライフ部門」を受賞した。我孫子ビレジ団地管理組合法人は“百年マンション”を目指して住環境の向上に取り組んでいる。
震度6強にも耐える強固な作り
「敷地の40%が緑地で緑が多く、保育園や幼稚園、小学校のほか、消防署、交番も隣接していて、安心して暮らせます。買い物も便利だし、セントラル給湯による暖房が整っていて冬も室内は暖かい。古い団地では、居住者の高齢化も問題になりますが、我孫子ビレジの場合、購入者の子供世代がそのまま住んでいる世帯や、子供世代がいったん外に出ても戻ってきた人が多い。それだけ住みやすいということだと思います」。こう話すのは、管理組合専任理事の田中裕実さん。田中さん自身、1977年の新築時に購入して以来、住み続けている。「居住者たちの意識も比較的高く、管理費の滞納はほとんどありません」。
この団地はもともと、「最先端の技術と発想で良い住環境を作りたい」との当時の東急不動産若手設計者の思いから、長期維持管理が前提のヨーロッパの集合住宅視察の成果を取り入れ、既成概念にとらわれない自由な発想で設計・建設されたという。
高層棟は鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)の柱と、高強度のプレキャストコンクリート(PC)部材を組み合わせた当時としては珍しい構造で、(財)日本建築センターで構造評定を受けて建築された。その後団地在住の構造設計1級建築士が2006年に構造計算書と評定報告を精査し、震度6強の大地震に対し崩壊や倒壊に至るには十分な余裕があることを確認した。高層棟と同じ高さ、意匠、工法の建物が5年後に神戸ポートアイランドに建設され、阪神淡路大震災でほとんど無傷だったことからも、本工法の耐震性が実証された。また、中層棟の壁は2001年の国交省告示の「壁厚15㎝以上」に対し、外壁18㎝、内壁15㎝あるなど強固な作りで、旧耐震基準(1981年5月31日まで)時の建設だが、現行基準が要求する構造耐震性を備えている。
1970年代のマンションの平均専有面積は約55㎡だったのに対して、我孫子ビレジは78㎡が中心と、比較的広い。全ライフライン配管は居室の二重床内、パイプスペースから床下ピット内などに配置されていて改修や修繕がしやすい構造になっている。全戸に湯を給湯するセントラル給湯システムで、環境に優しいパネルヒーターが全室に設置されていて、冬場も快適に過ごせる。また、外観のデザイン面でも、土や緑、水など周辺環境の色を取り入れるヨーロッパ発祥の「環境色彩」の考え方を日本の団地としては初めて導入するなど、先進的な大型団地として計画された。
団地全体の敷地のうち建造物の面積は約30%で、11階建てと14階建ての高層3棟、5階建ての中層17棟と店舗棟で構成されている。敷地の40%が緑地とゆとりのある設計で、構内の配管や電線はすべて地中化されている。広い中央公園のほか、構内を流れる遊水路に並行して緑道と3つの子供公園が配置されており、緑豊かで四季折々の自然も楽しめる。
理事会主導による維持・管理体制
このように長期的視点でゆとりを持って設計・施工されていたことが我孫子ビレジの大きな特徴だが、BELCA賞を受賞した最も大きな要素は、自然環境も含めた維持修繕体制にある。共同住宅の維持・管理や大規模修繕などは、管理組合の理事会が方針をまとめて総会で決定するのが建前だが、実質的には管理会社が準備して理事会や総会はそれを承認する場合が多い。だが、この我孫子ビレジの場合、第2回大規模修繕工事を機に、管理組合が主導で行うように切り替え、理事会主導で維持・管理が実施されてきた。
我孫子ビレジでも当初は、日常的な管理や長期的問題、業者選定などすべて管理会社が行い、管理組合の理事会がそれを承認してきた。だが、第2回大規模修繕工事の後、管理組合の「大規模修繕委員会」が解散するにあたり、理事会は長期的視野で維持管理を専門的に検討する組織が必要と判断し、総会承認を経て、2005年に常設の「百年マンション委員会」を設立した。同委員会は、管理運営や長期修繕計画などについて居住者が安全・安心で快適に暮らせるよう、長期的視点で検討を始めた。理事会は、同委員会の答申を受けて「長期修繕10箇年計画」を見直し、2006年以降、高額な工事の業者選考などを直接担当することにした。管理会社は、日常の点検や、それに基づく修繕提案、緊急事案の対応などを引き続き担当している。
管理組合では、「建て替えずに長期維持していく」という居住者全体の合意のもと、「長期修繕30箇年計画」を2010年に作成した。それを毎年実績に応じて見直す「長期修繕10箇年計画」に展開し、総会での賛同を経て維持保全を実施してきた。2019~2020年の第3回大規模修繕工事に際し、仕様や工法などの工夫で大規模修繕工事の周期をそれまでの13~14年(国交省は12年程度を推奨)から、環境への影響やコストを低減する18年に延長。それに対応して30箇年計画も「36箇年計画」に見直した。
さらに居住者の中で建設や設備、監理などの専門的な経験がある人が中心となって、「営繕タスクフォース」を設置。理事会信任を受けたこのタスクフォースが、施工会社の公募、絞り込み、選考を行い、さらに監理会社を選考して実際の工事に入ることとした。「居住者の視点で、自らの発想や意思で優先順位を決め、さまざまなコストを徹底的に削減しました。これにより、修繕のための積立金は、1997年以降値上げしていません。今後も34年間値上げは想定していません」と田中さんは胸を張る。
給湯設備の改修に際しては最新技術の導入で、電力費75%減、燃料費38%減となる省エネ改修を行い、給水設備の改修も電力費58%削減となる省エネ改修を実施。構内の植栽管理については、造園設計会社や樹木医に協力してもらい、樹木などの適切な維持保全を行ってきた。また、東京都市大学の天野克也教授の研究室と協力して居住者の意識調査を行った。田中さんは、「意識調査で、治安が良い、災害や危険が少ない、交通や買い物の便が良い、自然豊かで日当たりが良いなど、居住者たちがこの団地に感じている魅力と、住環境の良さに誇りを感じていることを再認識することができました」と話す。
居住者の交流盛ん 団地に愛着とプライド
こうした居住者主導による団地の維持保全体制は一朝一夕でできたわけではない。田中さんは「竣工10年後に団地の自治会が発足し、居住者たちが顔を合わせる『飲み会』も自然発生的に生まれました。現在は自治会に居住者の90%が加入しており、ひな祭り、七夕祭り、ビアパーティー、文化祭、餅つき大会、バス旅行などさまざまな催しを開催して居住者同士の交流を図っています。災害時に助け合うことを目指して懇親会兼防災棟集会も毎年開催しています。また団地内だけにとどまらず、団地と同時開発された周辺の戸建て地域の5つの自治会と共同で、夏祭りを中央公園で盛大に開催しており、この地域の夏の風物詩のようになっています。こうしたことから居住者同士、地域住民とのつながりも深くなってきました。お年寄りの食事会を実施したり、買い物の手伝いをしたり、高齢者も大切にしています。みんなが自分たちの団地に愛着を持っています。そうした意識が自然と居住者の間に生まれ、団地の長寿化にも理解が得られたのだと思います」と話している。
2022年3月まで12年間、この団地を担当していた東急コミュニティー技術員の中島健市さんは、「日常管理や専門的な対応は管理会社にお任せしたいというお客様が多い中、我孫子ビレジ管理組合の皆さんは自分たちの団地は自分たちで良くしていこう、という団地への愛着と当事者意識が非常に高いです。維持管理など団地で取り組むべき課題はすべて理事会で対応しています。私たちは管理会社としての知見を活かし、取り組みをサポート、時にアドバイスなどをしていく立場です。居住者の皆さんが自分たちで団地をより良い環境にしていく意欲とプライドがあるからこそ、百年マンションのための様々な取り組みを一致団結して進めていけるのだと思います」と語った。
マンションや団地を取り壊して建て直すと、大量の二酸化炭素が排出されることにもなる。我孫子ビレジの「百年マンション」を目指す取り組みは、これからの環境を考える上でも意義がある。さまざまなSDGsの取り組みが注目されているが、今住んでいるマンションや団地を大事に長持ちさせることも、地球に優しい取り組みの一つだという理解がさらに深まってほしいと思う。