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GREEN PIONEER NEWS

「水の問題」は水だけの問題じゃない!
日本が世界で果たせる役割は?

  • # 循環型社会
  • # 地球が抱える水問題

私たちが暮らす地球は「水の惑星」とも呼ばれている。しかし、近年は使用量の増加や汚染によって水不足になる国や地域が増えていて、地球温暖化による旱魃や洪水のリスクも高まっている。そして世界ではいま「2030年までに淡水資源の不足は必要量の40%に達する」と予測される一方で人口の急増が続いており、より深刻な“水危機”の到来も心配されている。こうした問題を解決するには一体どうすればよいのだろうか。

貧困や飢餓にもつながる「水インフラの不足・不備」

SDGsの6番目には「安全な水とトイレを世界中に」という目標が掲げられている。その背景には世界で多くの人が直面している、水の利用をめぐる厳しい現実がある。

ユニセフとWHOによってまとめられた報告書(『家庭の水と衛生の前進2000-2020』)によれば、世界ではいま約20億人が、安全に管理された飲み水を使用できておらず、このうち約1億2,200万人は、湖や河川、用水路などの未処理の水を飲んでいる。また、およそ36億人が安全に管理された衛生施設(トイレ)を使用できない状況にあり、このうち約4億9,400万人は道ばたや草むらなど、屋外で排泄を行っている。そして約23億人が、石けんや水が備わった基本的な手洗い設備が自宅にない環境で暮らしているという。

世界の人々の、飲み水へのアクセス状況

UNICEF/WHO「Progress on household drinking water and sanitation and hygiene 2000 – 2020」より作成
https://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_act01_03_water.html

この現状について、水ジャーナリストで武蔵野大学客員教授の橋本淳司氏は「安全な水やトイレが利用できないことは単に『不便』だとか『不衛生』だという問題と捉えられがちですが、それだけではありません。例えば私が取材したエチオピアのある地域では女性や子どもたちが毎日水汲みに出かけます。彼女たちは朝7時半に出発して帰宅するのは15時半頃。帰路は15〜20kgにもなるタンクを背負わなければいけないのです」と語る。

こうした生活の中では、当然ながら満足な教育を受けることができず、やがて大人になっても貧困から抜け出せないという悪循環に陥ってしまう。また水汲みは女性が担うことが多く、清潔なトイレの不足が、若い女性たちが学校に通いにくい原因ともなっている。国や地域によっては、夜間に用を足すために外出することで誘拐等の被害に遭うケースもあるという。

「このように考えてみると、水の問題は教育(SDGs4『質の高い教育をみんなに』)やジェンダー(SDGs5『ジェンダー平等を実現しよう』)、さらには貧困(SDGs1『貧困をなくそう』)や飢餓(SDGs2『飢餓をゼロに』)などの問題にもつながる、非常に重大な問題といえるでしょう」(橋本氏)。

SDGsの目標で見る「水道がないことの生活への影響」

橋本淳司氏提供の資料を元に作成

水インフラが未整備だと災害被害もより深刻に

近年は、気候変動の影響によって世界各地で毎年のように大きな災害が発生しているが、水インフラが十分に整備されていない地域では災害による被害もより深刻なものとなりやすい。

例えばパキスタンでは、2022年6月中旬以降に過去30年の平均の3倍という異常な雨量の豪雨に見舞われ、国土のおよそ3分の1が水没。およそ3,300万人が被災し、数百万にも上る人々が避難生活を送ることになった。

日本など先進国では、仮に災害によって断水が生じても、たいてい数週間以内に復旧し、洪水も下水道で流れていくなど、被害は限定的になることが多い。一方、水インフラの普及していない開発途上国では復旧までにより長い時間がかかり、それに伴って被害が一層拡大してしまうのだ。

老朽化する日本の水道は「維持管理」が課題に

日本では上下水道が全国的に普及しており、諸外国に比べれば問題が少ないと思われがちだが、近年は老朽化が問題視されている。全国の水道管(総延長約72万km)のうち、法定耐用年数を超えてしまっている水道管が17.6%に達しているのに対して、更新率は0.68%にとどまっており、毎年2万件を超える漏水・破損事故が発生しているのだ。

水道持続の危機 施設の老朽化

橋本淳司氏提供の資料を元に作成

水道管の更新が進まない最大の要因は、水道インフラを運営する自治体の財政状況の悪化だ。「日本で盛んに水道が整備された頃というのは、人口がどんどん増加し、それに伴って料金収入も増える時期でした。ところが近頃は節水家電が普及しているし、かつて大口の利用者であったホテルや病院が自前で汲み上げた地下水を利用しているケースも増えていて、ほとんどの自治体で料金収入が減っています」(橋本氏)。

水道財政を改善する方法の一つとして、経営の基盤の拡大が挙げられる。従来は自治体ごとに運営してきた水道事業を複数の自治体で運営するようになれば、スケールメリットが生まれ、費用対効果の向上が期待できるだろう。しかし橋本氏は「それだけで水道財政が劇的に改善するとは考えにくい」と指摘する。

「水道事業を広域化しても、これまでと同様に各地域の隅々にまで水道管を張り巡らせていては、さほどのコストダウンはできません。水道事業というのは“設備産業”であり、コストの約8割は設備に使われます。そのコストを減らすには、いわゆるコンパクトシティのように人々が集まって住まう効率的な街づくりを実践していくことや、あまり使われなくなっている施設は減らしていくことが必要でしょう。一方で、地域に暮らす全ての人にコンパクトシティで暮らしてもらうというのは現実的ではありませんから、人口密度の低い地域では従来型の上下水道とは違う代替手段、例えば井戸や簡易な浄水設備・浄化槽など、小規模分散型の技術を用いた水インフラを導入していくのがよいと思います」(橋本氏)。

「古くて新しい生物浄化法」で世界に貢献

水道インフラには、日本で広く普及している大規模集中型のシステムから小規模分散型の技術まで、様々なものがある。橋本氏が語る通り、今後の日本では地域の事情に応じて最適なものを選択することが求められるだろう。その中で多様なソリューションが実用化されていけば、やがては海外の水問題の解決に貢献することも期待される。ここからはそうした技術・製品を3点紹介する。

“日本発の水ソリューション”の先駆けともいえるのが「生物浄化による緩速ろ過方式」(Ecological Purification System/以下、EPS)だ。EPSはろ過砂表面に生じる微生物で形成される「ろ過膜」といわれる粘質状物質の働きによって水を浄化する方式で、薬品や電力を使わずに清浄な水をつくることができるのが特長だ。保守や管理が容易で、コストもほとんどかからないため、現在では開発途上国でも広く採用されており、近年は国内でも改めて注目を集めている。

緩速ろ過の浄化の仕組み(中本信忠氏提供資料)

緩速ろ過の浄化の仕組み(中本信忠氏提供資料)

EPSの第一人者である信州大学の中本信忠名誉教授は、もともと微生物の生態研究のスペシャリストだった。1984年にろ過池での藻の役割を研究し始め、EPSの技法を確立してからは、JICA専門家としてスリランカやバングラデシュ、サモア、フィジーなど開発途上国を精力的に訪れ、EPSによる飲料水の普及技術協力を行ってきた。フィジーでは既に100を超えるEPS施設がつくられるなど、大きな成果が生まれている。こうした活動が評価され、中本教授は2019年に「第21回 日本水大賞」(主催:日本水大賞委員会/国土交通省)の「国際貢献賞」を受賞している。

中本信忠氏。長野県上田市の染屋浄水場のろ過池にて

中本信忠氏。長野県上田市の染屋浄水場のろ過池にて

下痢性疾患から尊い命を守る「UV-LED」

微生物により汚染された水を飲むことで引き起こされるコレラなど下痢性疾患による死者は、世界で年間約83万人に上る。特に途上国の5歳未満の乳幼児の死が多い。その問題解決に必要とされるのは消毒技術だが、中でも優れた技術として脚光を浴びているのが、東京大学大学院工学系研究科の小熊久美子准教授が研究・開発に取り組んでいる小型の紫外発光ダイオード(以下、UV-LED)装置による水の消毒だ。

ベトナム・ハノイの一般家庭のキッチンシンク下にUV―LED装置を設置

ベトナム・ハノイの一般家庭のキッチンシンク下にUV―LED装置を設置

UV-LED装置を用いると、紫外線が水中のウイルスや細菌などの微生物の遺伝子に損傷を与え、増殖を抑えることで感染を食い止められる。一般的な塩素消毒は水の味やにおいに影響するが、紫外線は薬品を使わず、有毒な消毒副生成物もない。また同じ紫外線を用いる装置でも、UV-LEDなら、水銀紫外線ランプのような破損時の有害物質が漏れ出すリスクもない。

フィリピンの離島を訪問し、水道のない小学校で井戸水を調査

フィリピンの離島を訪問し、水道のない小学校で井戸水を調査

素子一つが3㎜角ほどと小さいため装置設計の自由度が高く、小規模分散型の水処理を可能とするUV-LEDを社会インフラの一つと捉える小熊准教授は「大規模集約型と組み合わせて初めて(SDGsの6の)目標を達成できる」と語っている。一方、小熊氏が関わる装置のうち、蛇口で使用するものは1セットあたり数万円。UV-LEDの素子の低廉化が進めば、今後はより安価な装置の販売も期待できる。こうした装置が普及すれば、多くの命を下痢性疾患から守れるようになるはずだ。

水道がなくても水利用を実現「ポータブル水再生プラント」

従来の「使った水は流す」という考え方から「再生して繰り返し使用する」という考え方にシフトして開発されたのが「WOTA BOX」(WOTA株式会社)だ。

WOTA BOX

WOTA BOXは、水道がなくてもシャワーや手洗いをはじめとした様々な水回り設備に接続可能な水循環システム。排水をろ過して繰り返し循環させることで、排水の量を通常の50分の1以下に抑えることが可能となり、100Lの水で約100回のシャワー入浴ができる。また、配管工事が不要で、電源さえ確保できれば快適な水が使えるようになるので、災害時を始め、屋外イベントなど様々なシーンでも活用できる。

WOTAでは2016年の熊本地震以来、2019年に台風で大きな被害を受けた千葉県や長野県長野市の避難所などで災害用シャワーパッケージ「WOTA BOX + 屋外シャワーキット」を提供しており、2020年には豪雨に見舞われた熊本県八代市、人吉市を始め4つの自治体の避難所にWOTA BOXを導入するなど、国内での自然災害発生時の避難所における支援を行っている。これまでに13自治体20箇所の避難所で、合計2万人以上の人に利用されているという。今後も国内外の様々なシーンでの活用が期待される。

水不足や衛生施設の未整備など、水をめぐる問題はこれからも世界で多くの人々を悩ませるだろう。一方でこれらの問題は、長年にわたって水インフラに関する技術や経験を蓄積してきた日本にとって、大きなビジネスチャンスとなる可能性もある。今後の動向に注目したい。