近年の若者たちを指す言葉の一つに「SDGsネイティブ」がある。これは「幼い頃から日常生活や学校教育などでSDGs(持続可能な開発目標)に関する言葉や知識に触れ、環境問題や社会課題に高い関心を持つ世代」を意味している。地球環境のさらなる悪化を食い止めて持続可能な社会を構築していくには、こうした世代の活躍が期待されることは言うまでもないが、その育成のために、教育現場や経済界では様々な工夫を凝らした取り組みが行われている。
環境問題を学童期に“自分ごと”にするキーワードは「日常化」
SDGs の17の目標の4番目「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯教育の機会を促進する」には、日本が提唱した「Education for Sustainable Development(持続可能な開発のための教育、以下ESD)」が含まれている。ESDでは「子どもたちに持続可能な社会や世界の創り手となるために必要な資質・能力が育成されるよう、教育課程や教材の改善・充実を推進する」とうたわれていて、いま日本各地の学校がこの指針に基づく教育に取り組んでいる。
江東区立八名川小学校は2011年にユネスコスクール(ユネスコの理念を実現する学校)に認定されて以来、ESDの推進拠点として各種の取り組みを積極的に実践してきた。旗振り役を務める澤田純二校長は、前校長のもとで進められてきたESDの研究を引き継ぎつつ、その成果を教育に反映させるための学校経営を展開している。その中で澤田校長が最も重要と考えているのは「ESDのカリキュラム・マネジメントと学習過程の確立」、そして「SDGsの日常化」だという。
「当校では、SDGsの17の目標と各学年の総合学習の単元とを紐づけて捉えるための『SDGs実践計画表』や、ユネスコスクールの4つのテーマ(国際協力・人権・異文化理解・環境教育)と各教科・単元との関連を視覚化した『ESDカレンダー』というものを作成しています。先生たちがこれらを活用して授業を行うことにより、子どもたちは日々の学習の中で、各テーマに関する知識や経験を効果的に得ることができます。限られた時間の中で無理なくESDを実施するには、こうした工夫が重要なのです」。
同校では「公園探検」(1年生・生活科)や「ごみ減量!大作戦」(4年生・総合学習)など学年に応じたユニークな授業を実施している。これらは環境教育であるとともに、健康や福祉、行政、情報発信などについて学ぶ機会ともなる。このように、一度の授業で複数の教科をまたいだ教科横断的な学習ができることは、時間の有効活用となるだけでなく、児童らが個々の興味関心に沿った能動的な学びを得る上でも、大きな意味があるといえるだろう。
「先生たちには常々『無理のないようにやりましょう』と伝えています。先生たちが無理をしたら、その苦しさは必ず子どもたちにも伝わって、よい学びができなくなりますから。児童らが自発的に『もっと学びたい』『もっと調べたい』と思える状況をつくってあげたいと考えているんです。現在の6年生は1年生の頃からESDを受けてきた子たちですが、環境問題や社会課題に対する意識がとても高い。彼らの姿を見ていると、成果は着実にあがっているのだと実感することができます」(澤田校長)。
生まれ変わる「ハッピーセット」のおもちゃ
子どもたちに関する商品を扱う企業でも、近年は環境に配慮した取り組みが実施されている。ファミリー層からの絶大な人気を誇る外食産業、マクドナルド(日本マクドナルド)もその一つだ。子ども向けのおもちゃ付きメニュー「ハッピーセット」は年間約1億食販売されており、おもちゃには多くのプラスチックが使用されている。そこで、遊ばなくなったハッピーセットのおもちゃをリサイクルできる「おもちゃリサイクルBOX」を店頭に設置した。おもちゃを投入すると、緑のトレイや新たな「おもちゃリサイクルBOX」の素材として再利用される。設置のきっかけとなったのは、ハッピーセットを購入した母親から「おもちゃが増えすぎると困る。おもちゃを捨てるのではなく、リサイクルできる場所があったら利用したい」という声が多く寄せられたことだった。
「日本全国に約2,900店舗を展開し、年間約14億人のお客様をお迎えしているマクドナルドには、世界が抱えるあらゆる課題に立ち向かう責任があると考えています。また、使い終わったおもちゃをリサイクルすることは『子どもの心と体の健全な成長と発達をサポートする』という弊社のビジョンにもつながります。今後もおいしさと笑顔を地域の皆さまにお届けし、より良い未来を目指すために、皆さまとともに歩み続けます」(日本マクドナルド広報部・石黒友梨さん)。
抵抗なく受け入れられた「エコレール」
玩具大手のタカラトミーは、2011年6月より「再生材料を使用している」「電池がいらない」「長期間使える」などの基準を満たした自社製品を「エコトイ」に認定し、パッケージなどにマークを表示する取り組みを始めた。
エコトイの代表例は、看板商品である鉄道玩具「プラレール」に使われる、再生材料を50%以上使用した「エコレール」。12年7月に発売され、日本環境協会が付与する「エコマーク」を玩具商品として初めて取得した。開発当初は「子どもが直接触れる玩具に再生材料を使うことは親が敬遠するのではないか」という懸念もあったが、アンケートで再生材料への抵抗がほとんどないことが判明。発売から10年を迎える商品となった。
タカラトミーグループは、おもちゃで環境配慮をすることで子どもたちが遊びを通じて楽しみながら環境に関心を持ち、自ら行動するきっかけを提供している。『100 ねんあそぼ。』をキーワードに、未来を担う子どもたちの環境への気づきを育み、次の世代へつなげていくことを目指している。
海に優しい「バービードール」が誕生
ファッションドールの定番「バービー」にも2021年、環境に配慮したモデルが登場した。シリーズ名は「バービー うみとともだち(Barbie Loves the Ocean)」。素材の90%が海洋プラスチック(※)由来の再生素材からアップサイクルされた商品だ。開発にあたっては、従来のバービードールと同程度の品質が保つことができる素材であることを確認した上で、厳しい安全性のテストもクリアしているとのこと。メーカーのマテル・インターナショナルでは現在、バービードールのファッション商品などにも海洋プラスチック由来の再生素材を使用しており、2030年までに全商品とそのパッケージを再生プラスチックまたはバイオマスプラスチックに変えるという目標を掲げている。
※海洋プラスチック(公的な廃棄物回収システムがない海沿いの地域の水路から50km以内の範囲で回収されたプラスチック)
「人は幼少期に多くのことを学ぶと考えており、“おもちゃ”という子どもが日常的に接するものに、サステナブルな素材を使用し環境保護の思いを込めることで、自然と環境問題を考えることにつながる役割になると考えています。バービーには自然と、子どもたちを啓発するロールモデルになってほしいです」(マテル社バービー担当)。
同社は、バービーやその友達が海洋保全の大切さについて子どもたちに呼びかけるストーリー仕立ての動画も公開しており、親子が一緒に環境問題、性の平等やジェンダーギャップ、多様性など、様々なSDGs関連の課題について考えるきっかけづくりに多角的に取り組んでいる。
大人も、子どもたちとともに学ぶ姿勢を
環境教育論を専門にする浅利美鈴准教授は、学生の頃からごみの研究をライフワークに取り組み、2016年から京都大学大学院地球環境学堂で教鞭をとる。より“実践的”な環境行動を広げていくための啓蒙活動をする浅利氏は、子どもたちを取り巻く環境教育のあり方をこう捉える。
── よりよい環境教育を行うために大切なことは?
若い人たちに対する環境教育のあり方は、発達段階に応じて少しずつ変えていくべきものだと考えています。小学校低学年ぐらいまでは『Education in the Nature』、つまり自然環境の中に身を置いて、体感しながら学ぶことが重要です。次に小学校高学年から中学生くらいまでは『Learning about the Nature』、学ぶことで知識を身に付けていく段階。さらに進んで高校生から大学生、社会人になったら『for the Nature』、自然のためにできることを主体的に考えていく時期ですね。こうした捉え方でアプローチしていくのがよいと思います。
昔から「三つ子の魂百まで」といいますが、特に幼い頃に自然の大切さや変化を肌身で感じることはとても重要です。子どもたちの「好き」や「得意」などの関心ごとと結び付けてあげる工夫や、自然環境が少ない都市部に住む子どもたちの場合は、遠足や校外研修の機会を利用して、豊かな自然の中に身を投じさせてあげるだけでも、とてもいい経験になるでしょう。
── 企業に期待することをお聞かせください。
例えば、花王は工場を構える和歌山市とSDGs(持続可能な開発目標)推進に関する連携協定を締結し、自治体と協力して現地の子どもたちとともに、海水浴場に流れ着く海洋プラスチックごみのリサイクルや調査に取り組んでいます。このように、子ども向けの商品やサービスを扱っている企業のみならず、得意分野を活かした子どもたちへの貢献を行うことは素晴らしいことだと思いますし、様々な業種の企業が取り組まれることを期待したいですね。
── 子どもたちと触れ合う周囲の大人に求められることは?
大人の皆さんが今時の教科書を見たら、環境教育に関する情報の充実ぶりに驚かれるのではないでしょうか。こんな時代の教育を受けて育った子どもたちは、環境問題などについてかなり進んだ知識を持っていて、意識も高いです。大人には、一方的に「教える」という姿勢ではなく、若者とともに学んだり、場合によっては教えてもらったりしながら、一緒に環境問題と向き合ってほしいと思います。