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新旧融合で文化財を未来へ繋ぐ「九段会館テラス」

  • # 循環型社会
  • # 名建築を現代に

結婚式場やコンサート会場などとして親しまれた「旧九段会館」(1934年竣工)の保存・復原プロジェクトが竣工し、新たに「九段会館テラス」としてよみがえった。創建当時の貴重な技術と素材を生かして保存・復原を行った、登録有形文化財の保存部分と、地上17階建ての最新鋭のオフィスビルの新旧が融合したレトロモダンな建物だ。東京駅保存復原の設計を担当したことでも知られる建築家で京都工芸繊維大学客員教授の田原幸夫さんが、完成したばかりの九段会館テラスを訪ねた。

創建当時の職人の技術と熱意をそのままに

「九段会館は、大正末期から昭和初期にかけて公共機関の庁舎などに良く用いられた『帝冠様式』(鉄筋コンクリート造りの洋風建築に、和風の屋根を架けたデザイン)で、『軍人会館』として建てられました。帝冠様式は、軍国主義の象徴のように言われたこともありましたが、今では、ある時代を象徴する一つのスタイルとしてとらえられています。この建築が造られた昭和初期は、日本の近代建築が最も充実した時代です」と田原さんは語る。

田原幸夫氏(たはら・ゆきお)

田原幸夫氏(たはら・ゆきお)
建築家、京都工芸繊維大学客員教授。1949年、長野県生まれ。京都大学工学部土木工学科、同建築学科卒。34歳の時に所属していた設計会社を休職してベルギーのルーヴァン・カトリック大学大学院に留学、後にユネスコ世界遺産となる「グラン・ベギナージュ」の保存・活用設計に携わる。2012年に完成した、東京駅丸の内駅舎保存復原設計を担い、2014年に日本イコモス賞を受賞。他に日本建築家協会賞、日本建築学会賞など受賞。著書に『建築の保存デザイン』(学芸出版社)など。

田原さんに同行したのは、東急不動産でこのプロジェクトを担当した都市事業ユニット開発企画本部の伊藤悠太さんと、実際に復原を手掛けた鹿島建設の九段会館テラス新築工事事務所所長の神山良知さん。伊藤さんは「近代建築を新しいビルに建て直す場合、外側のデザインだけ残して中に入ると全くの新築ビルという、いわゆる『腰巻き建築』というものがよくありますが、そうではなく、保存部分はできるだけ復原したいというのが、今回のプロジェクトの大きなポイントです。そして、見るだけの文化財ではなく、実際に毎日利用してもらう。これからも地域の象徴として愛着を持ってもらえる建物になってほしい、と思います」と話した。神山さんも、「戦前の写真や絵はがきも含め、入手できる限りの資料を集めて、なるべく創建当時の姿に復原することを目指しました。この建物は実際に解体工事が始まってから分かったことが非常に多く、驚きと発見の連続でした。ひとつひとつの仕事から、当時の職人の膨大な手間暇と熱意が伝わり、その技術をそのまま残したい、と思いました」と語る。

同行した東急不動産・伊藤さん(左)と鹿島建設・神山さん(中央)

同行した東急不動産・伊藤さん(左)と鹿島建設・神山さん(中央)

外壁を覆うスクラッチタイルは、オリジナルの材料をそのまま使い、高圧温水洗浄した上、剥落(はくらく)を防ぐため一つひとつピン止めされた。玄関ホールのブロンズ扉は、1枚250㌔ある扉4枚からなるものが3か所ある。下地はスチール製だが、腐食が進んでいたため、ステンレスで下地を作り直した。表面は創建時の部材を最大限再利用し、腐食が進んだ部分は色合いを似せた新規材で復原した。この扉だけでも試作を繰り返しながら修復に2年かかったという。

玄関ホールに入った田原さんは、「なるほど、時代を経た重厚感ある雰囲気が大切に継承されていますね」と第一印象を語った。

創建時の材料を活用したスクラッチタイル

創建時の材料を活用したスクラッチタイル

ブロンズ扉が並ぶ玄関ホール

ブロンズ扉が並ぶ玄関ホール

解体して判明した、正倉院宝物模様のクロス張りの壁

重大な発見があったのが、2階のゲストルーム「葵」。応接室として使われていたこの部屋の壁は、ペンキで白く塗られていたが、調査のため光を当てたところ、不思議な模様が浮かび上がった。実際に解体するとペンキの下に模様が出てきた。丁寧にペンキをはがしてみると、そこに現れたのは金糸ジャガード織のクロス。「正倉院宝物殿にある銀壺と類似した、皇族しか使えない模様でした」と神山さんは説明してくれた。やや茶色にくすんで見えるが、創建時はおそらく金色。「ペンキが塗られていたため、かえって傷まないまま残されていました」という。田原さんも「オリジナルのクロスがこれだけきれいに残っていたのは素晴らしい。本物の迫力がありますね」と感心した様子で見入っていた。

復原された金糸ジャガード織のクロス

復原された金糸ジャガード織のクロス

内装で多用されているのが、漆喰仕上げ。役員室として使われた2階のゲストルーム「雅」やバンケットホール「鳳凰」の天井などは後世に漆喰の立体的な櫛目の模様が施されていた。これらの場所も、修復・再現するために専用の工具を新たに作り出し、剥落しないよう漆喰風の新素材を使って現代の職人が手作業で復原した。田原さんは、「文化遺産の価値は当初のものにだけあるのではなく、後世の人々の貢献も大切にしなければなりません。この漆喰の仕事はそうした職人の技が生かされています。とても意味があると思います」という。

3階のバンケットホール「真珠」の床は、戦前の絵はがきや写真など創建当時の資料をもとに、ヘリンボーン張りの無垢材フローリングの意匠を復原した。「真珠」壁面の金属装飾などもオリジナルのものを再利用している。

職人の技が生かされた漆喰仕上げの内装

職人の技が生かされた漆喰仕上げの内装

バンケットホール「真珠」

バンケットホール「真珠」

5階に上がると、保存部分屋上に、誰でも入ることができる「ルーフトップガーデン」がある。ここからは保存部分の屋根瓦を間近に見られる。伊藤さんは「使える瓦はそのまま使いましたが、破損したものなど約13%は新たに焼き直しました。このルーフトップガーデンから見える部分など、近くで良く見えるところはなるべくオリジナルの瓦をそのまま使っています」と話す。緑色からやや茶色がかったものまで使用されていた瓦は焼き上げた時にできた独特の色ムラがあり、1枚1枚異なっている。新たに焼き直した瓦は、色ムラを出すために古い窯を使い、釉薬の配合比率を変えながら40枚以上試作を繰り返した。その中から4色を採用し、違和感のないように並べたという。

屋根瓦の説明を受ける田原さん

屋根瓦の説明を受ける田原さん

誰でも利用できるルーフトップガーデン

誰でも利用できるルーフトップガーデン

皇居のお濠や屋上庭園の緑に囲まれて働く

サザンオールスターズが1978年にデビューコンサートを開くなど、国内外の著名なアーティストがコンサートを開催した大ホールはなくなったが、代わりに最新設備を備えた17階建てのオフィスビルが建てられた。

地下1階の「お濠沿いテラス」は、ハスで埋め尽くされた皇居のお濠を間近に見ることができる。少し上方を見上げると、お濠越しに武道館も見える。田原さんは「とても気持ちの良い、水辺の空間ですね」と語った。

お濠の眺めは、地下1階にある、職域食堂「九段食堂 KUDAN-SHOKUDO for the Public Good」からも望むことができる。ここでは、全国の農家から直送されるオーガニックな素材を使った健康的な料理が提供される予定で、このオフィスビルで働く人たちの楽しみな時間となりそうだ。

東急不動産は、企業価値向上とウェルビーイングを実現する新しい働き方「GREEN WORK STYLE」を提案しており、九段食堂での取り組みもその一環である。5階の保存部分屋上には、誰でも入れる「ルーフトップガーデン」のほか、このビルで働く人たち専用の「ウェルネスガーデン」と「ルーフトップラウンジ」が用意されており、オフィスワーカーにとっての快適性にも力を入れている。

お濠沿いテラスから水辺の眺望を楽しめる

お濠沿いテラスから水辺の眺望を楽しめる

入居者専用のウェルネスガーデンもあり、リフレッシュしながら働くことができる

入居者専用のウェルネスガーデンもあり、リフレッシュしながら働くことができる

「もともとあったもの」と馴染むために

保存部分の玄関ホールから入ると、正面に大きな空間の「プラザ」がある。外壁で使われていたスクラッチタイルを内装に使用するなど、保存部分とレトロ感を統一し、歴史ある保存部分から最新のオフィスビルへとスムーズにつないでいる。このプラザと地下1階のお濠に面したガラスは、国内のオフィスビルとして初めて、スマートガラス「View Smart Glass」が導入された。日差しや気温に合わせてガラスの透過率が4段階で自動調整される仕組みで、エネルギー消費量を20%削減できるという。センサーなどを活用して食堂やエレベーターホールなどの混雑状況がひと目で分かる最新テクノロジーも、「東京ポートシティ竹芝」に続いて導入された。

田原さんは、「こうした、保存部分に現代建築を増築する場合、新旧を調和させつつも全くの模倣ではいけない。そのデザインが難しいところ。この九段会館テラスはそのあたりの設計者の努力が感じられます」と語った。「保存部分とできるだけマッチするような設計になっています」と伊藤さん。神山さんも、「国会議事堂の窓を参考にするなど、保存部分の縦長の窓に近いデザインを新築部分にも取り入れています」と説明した。

既存のものと馴染むデザインという考え方は、地域社会に対しても同様だ。

すぐ近くの皇居や北の丸公園、靖国神社は、都心の大きな緑地帯だ。靖国神社では、都会に多いカラスやハト類だけでなく、ウグイスやメジロ、ルリビタキなど全23種の鳥類、アオスジアゲハ、ムラサキシジミなど6種のチョウ類が確認されている。こうしたことから、北の丸公園や靖国神社の植生も調べ、敷地内にシラカシやクスノキ、ヤマモモといった常緑樹やケヤキ、ヤマザクラ、イロハモミジといった落葉樹など野鳥や昆虫類が好む実や葉の植物が計画的に配置された。周辺の自然豊かな環境と一体化した緑地帯として、生物多様性に寄与することを目指している。

正面玄関前は誰でも利用できる緑のスペース「九段ひろば」。都心のオフィスビルでありながら、地域の人などが交流できるこの緑地デザインは、公益財団法人都市緑化機構が主催する「第32回緑の環境プラン大賞」緑化大賞(シンボル・ガーデン部門)を受賞した。

保存部分とオフィスを繋ぐプラザ

保存部分とオフィスを繋ぐプラザ

地域との交流を生み出す「九段ひろば」

地域との交流を生み出す「九段ひろば」

契約終了の70年後以降も「残したい」建物に

一通り施設を見学した田原さんは、「歴史的建築を新しい開発に取り込む場合、外側のデザインだけを残した、という結果になる場合も多いのですが、この九段会館テラスは決してそのようなものではないことがよく分かりました。当初のものをできるだけ残そう、復原しようという方針がしっかりしています。綿密な歴史調査も含めて、大変素晴らしい仕事をされたと思います。建築物の保存は建物ごとに事情が異なります。価値あるものを残して行くには、これだけ素晴らしい建築なんですよ、と広く情報を発信することも大切。社会的認知を広げ、文化財としての建築への理解を深めてもらうことで、さらに近代建築の保存への機運は高まるでしょう」と語った。

伊藤さんは、「国との契約(定期借地権)では70年後に更地にするということになっていますが、地域の方たちにもさらにこの建物に親しんでもらい、70年後も『やっぱり残すべき』ということになってもらいたいと私たちも強く思っています」と話していた。

既存建物の保存により、通常の新築建物建設と比較して約75%(※)もの二酸化炭素排出量を削減することにもつながった。貴重な歴史的建造物を残したというだけでなく、地球温暖化の抑制という意味でも意義があるプロジェクトとなった。

※保存実施部分についての比較。既存建物をすべて解体し新築した場合のCO2排出量:82tに対し、既存建物を一部保存したことによりCO2排出量:21tと試算。

保存部分とオフィスビルが融合した外観

保存部分とオフィスビルが融合した外観

旧九段会館

1934年(昭和9年)、「軍人会館」として竣工。1936年の二・二六事件の際、戒厳司令部が設置された。1937年には愛新覚羅溥傑(あいしんかくら・ふけつ)と嵯峨浩(さが・ひろ)の結婚式が執り行われた。戦後は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収され、「アーミーホール」の名で進駐軍宿舎として使用された。1953年に接収が解除されると、日本遺族会に無償貸与され、名称も「九段会館」に変更された。宿泊、結婚式場、貸しホールとして営業。恵まれた立地やクラシカルで重厚な雰囲気があることから、季節によっては予約が難しくなるほどの人気を博した。だが、2011年の東日本大震災の際に大ホールの天井が崩落して死者2人、重軽傷者31人の事故が起きたことから休館。その後、廃業し、土地と建物が国に返還された。2016年に財務省関東財務局の有識者委員会が、歴史的価値を生かしながら高度利用を図る方針を決定。2017年に設計コンペで東急不動産が落札した。

取材にご協力いただいた皆様

  • 田原 幸夫
    建築家
    京都工芸繊維大学客員教授
    田原 幸夫
  • 神山 良知
    鹿島建設株式会社
    東京建築支店
    九段会館テラス新築工事事務所 所長
    神山 良知
  • 伊藤 悠太
    東急不動産株式会社
    都市事業ユニット
    開発企画本部
    伊藤 悠太