北海道や東北など豪雪地帯では、除雪するために多額の費用や手間がかかり、自治体にとっても住民にとっても大きな負担になっている。これまではコストがかかるばかりだった積雪だが、それを活用して発電しようという試みが、北海道・ニセコの「ニセコ東急 グラン・ヒラフスキー場」で行われている。東急不動産、株式会社フォルテ、電気通信大学による共同の実証実験で、バイオマスボイラーによる「高温熱源」と、積雪による「低温熱源」の温度差でピストンを動かす「スターリングエンジン」を使って発電する仕組み。スターリングエンジン自体はもともとあったものだが、積雪を利用して発電し、同時にボイラーによる熱を融雪に活用するという一石二鳥の試みに挑んでいる。
積雪を活用して発電 融雪の効果も
スターリングエンジンは、スコットランドの牧師で発明家のロバート・スターリングによって1816年に発明されたのが始まり。シリンダーにヘリウムなどの気体が詰められており、暖めると気体が膨張してピストンを押し出し、冷やすと縮小してピストンを引き込む。これを繰り返すことでエネルギーを作り出すことができる。
一般的に使われているエンジンは、内燃式と呼ばれるもので、ガソリンなどの化石燃料をシリンダー内で連続的に爆発させることでピストンを動かすため、大きな出力を得ることができる。だが、化石燃料を使用するため、排気ガスが出ることになる。それに対し、スターリングエンジンは、いっさい排気ガスは出ず、非常にクリーンなエンジンだと言える。しかしながら、大きな出力を得るには、装置自体を大型化しなくてはいけないため、現実的には普及は進まなかった。
積雪発電の実証実験を手掛けている電気通信大学の榎木光治准教授によると、今回使われているエンジンは、シリンダー内に磁石が組み込まれ、ヘリウムが高圧で充填されているもの。上部の高温熱源と下部の低温熱源によるヘリウムの膨張、収縮により、内部の磁石が振動することで1,200Wの電力を200V、50Hzで発電可能である。榎木准教授は「縦、横、高さいずれも50㎝ほどのコンパクトなもので、重さも約50㎏と比較的軽い。高温熱源と低温熱源の温度差が大きいほど、発電量が大きくなり、より効率も向上します。再生可能エネルギーであるバイオマスボイラーを高温熱源として活用するのは一般的ですが、今回の実証実験では、ボイラーの高温熱源と積雪の低温熱源を組み合わせ、発電と融雪を両立させること、さらに家庭用途に適した実用的な電力量を確保することを目標としていました。この目標を同時に実証実験するという試みはおそらく世界でも極めてレアケースであり、スキー場であるからこそ沢山の雪があったため、豪雪地帯の民家を想定したシビアな試験条件が設定できました。この実証実験の成功により、再生可能エネルギーの効果的な利用に新たな可能性を見いだして、そして災害に強い独立電源の確保に向けた取り組みへ大きな一歩を踏み出せたと考えています。加えて、エネルギーの地産地消を目指して立ち上がった今回のプロジェクトの趣旨に沿って、燃料として北海道産の間伐材から作られた木質チップを使用しています。また一般的には、タンクにためた水をボイラーに通すとお湯になり、床暖房やお風呂などに有効活用できます。一方で、今回は低温熱源が0度からマイナス10度程度と非常に低いため、凍ってしまう水の代わりに不凍液を循環させています。このように、ボイラーで40度から60度に温められた不凍液は、まず暖房等で温熱の利用をした後に、次に道路や屋根を融雪させることで、雪に熱を奪われた不凍液が再び0度からマイナス10度程度となり、低温熱源に戻っていく仕組みです。このように、低温熱源の不凍液が60度からマイナス10度に極端に変化するという、ワザとこのような特殊な構造に変化させることで、温度域によって暖房利用や融雪を1つのサイクルで可能とすることにしました。これは、温度域ごとに熱の利用先を区分して無駄なくエネルギー利用していく“熱エネルギーのカスケード利用”という考え方に基づいたものです。理論を構築してそれを実証する実験装置の設計には、研究室の武内知也君をはじめとする修士と学部の学生全員が携わり、さらに受託研究員の大内崇史博士とも度々検討を重ねていました。そして、これらは机上の空論ではないこと、つまり、理論上ではバイオマスボイラーで得られる熱エネルギーは、ほぼ100%有効利用できていることを、今回ニセコで作った実験装置で確認することができました。さらに、極寒の環境の中での実証実験がスムーズにできたのも、学生達がきちんと実験の意義と役割を理解して、私の指示がなくても自主的な行動をしてくれていたためです」と説明する。
サステナブルなスキー場 世界に発信
実証実験は、海外から多くの観光客が詰めかけるスキーリゾート地である北海道・ニセコにある「ニセコ東急 グラン・ヒラフスキー場」の、除雪車用駐車場の一角で、2023年12月から行われている。この地域は、世界でも有数の豪雪地帯。冬には外気温は-5度から-30度にもなる厳しい寒さとなる。現地を訪れた日は、比較的穏やかだったが、晴れているかと思うと雪が降るなど天候が変わりやすく、気温も日中でも零下が続いていた。この気温の低さが、世界中のスキーヤーたちがあこがれる、さらさらの「パウダースノウ」を生み出しているのだろう。実験場のすぐ隣はスキー場。「ここが日本だろうか」と思わせるほど、ゲレンデは家族連れなど海外からの観光客であふれていた。
今回の実験はそもそも、青森市に本社を置くIT企業「株式会社フォルテ」代表取締役の葛西純さんの雪国への想いから始まった。葛西さんは、「雪国にとって、積雪は解決できない大きな課題でした。積もった雪は、お金をかけて捨てるしかなかったのです」と語り始めた。「社会的コストとなっている積雪をなんとか克服できないかと検討する中で、フィンランドで、砂に蓄熱してエネルギー化する試みをしていることを知ったのです。夏と冬の温度差を活用するもので、温度差を使うなら、雪でも同じことができるのではないかと思ったのがきっかけです」と話す。インターネットで調べたところ、熱工学が専門である電気通信大学の榎木准教授にたどり着いた。2022年10月に榎木准教授を訪問するとすぐに発電への構想が具体化し、フォルテと電気通信大学が積雪発電に関する共同研究契約を締結した。
そして翌3月には、青森市の協力を得て、廃校となった小学校のプールに雪を集めて実験開始した。その結果、最大200ワットの発電に成功したほか、発電の副産物として、熱交換で雪が溶ける現象も確認された。「青森県では雪対策に年間300億円もの費用がかかっています。積雪を活用して発電するだけでなく、雪も溶かすことができたら、この費用がかからなくなります」と葛西さんは話す。
その実験のニュースを知った東急不動産が葛西さんに問い合わせたことから、東急不動産、フォルテ、電気通信大学が共同で行う今回の実証実験につながった。
東急不動産ホテル・リゾート開発企画本部の塚原真理さんは、「スキー場でも再生可能エネルギーを証書によって利用する取り組みは行ってきましたが、実際に現場で発電し、利用する地産地消型で再生可能エネルギーの利用を進めたいと考えていました。しかしながらここでは冬期間はパネルに雪が積もって太陽光発電はできませんし、風車が回る風力発電も難しい。雪国では再生可能エネルギーを作ることのハードルがとても高いんです。また、このニセコ東急 グラン・ヒラフスキー場では、駐車場などの除雪のために多額の費用と人手がかかっていました。バイオマスボイラーを使って融雪することを検討する中で、フォルテと電気通信大学の積雪発電の実験について知りました。ニセコは、スキーリゾートとして世界から高く評価され、たくさんの観光客がやってきます。サステナブルなスキー場として世界にアピールする上でも、積雪発電に取り組むことは大きなプラスになると考えました」と語る。
実験ではこれまでのところ、熱伝導率が高い厚さ5㎝のアルミ板に銅管を配管した部分では、雪がどんなに降ってもすぐに溶け、全く積もっていない。アスファルトの下に銅管を通した、通常の道路に見立てた所では熱が伝わりにくいものの、周りに比べて積雪量は小さく、一定の効果が見られている。また、作業小屋の屋根では、ホームセンターで安価で購入できるアルミシートを利用するだけで、雪が積もらなくなった。
榎木准教授は「スターリングエンジンは、音や振動を出すことが許されない潜水艦でも使われていた過去があるほど、音が静かでほぼ無振動。不凍液を循環させるポンプの方が音も出るし振動します。加えて、エンジン自体も比較的コンパクトで軽量なので、災害発生で停電したときなどにすぐに移動して発電ができます。今回は環境に配慮したバイオマスボイラーを使っていますが、既存の石油焚きボイラーなどでも利用できます。私の試算では、スターリングエンジン1台のこのシステムで、年間7㌧の二酸化炭素削減効果があります。これは人間6人の排出量とほぼ同じです。ただ、バイオマスボイラーの騒音が比較的大きいことが検討課題となっています」と話す。さらに、「雪国では冬の間、雪が積もるため、太陽光発電ができないし、積雪による荷重で破損する事故がおきています。このシステムを活用して、かつ私の専門分野である熱交換器や混相流(固体や液体、気体などが混在する流れのこと)の知見を活かして効率良くパネル融雪できれば雪国でも冬期間に太陽光発電することが可能になります」とさらなる再生可能エネルギーの活用にもつながるとの考えを示している。
この実証実験によって有効さが証明されると、実用化に一歩前進することになる。東急不動産の塚原さんは、「実用化の手始めとして、スリップ事故が起こりやすい駐車場の坂道や敷地内の道路などの融雪に利用したいと考えています。そして、世界中から集まってくる多くの観光客に、この積雪発電について知ってもらい、サステナブルなスキー場であるということをさらに世界に発信することにつなげたい」と語る。
フォルテの葛西さんはまた「一般道などで利用できるためには、安全性や持続性、経済性などのデータをさらに蓄積する必要があり、長い時間がかかると考えています。どんな事業でも、地域に還流することが大切。この積雪発電システムは、わずか1坪ほどのスペースで電気と熱を発生させることができます。なるべく早く実用化できるよう努力し、雪国での除雪に活用していきたい」と話している。