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ゴルフ場で養蜂!? 南阿蘇で生まれた「震災復興のシンボル」

  • # 生物多様性
  • # ハチミツが震災復興のシンボル
阿蘇東急ゴルフクラブ

2016年4月14日夜と2日後の16日未明、熊本県熊本地方を震源とする最大震度7の大規模な地震が発生した。これによって熊本城などが大きな被害を受けた様子がテレビや新聞などで報じられたことは記憶に新しい。熊本県南阿蘇村にある阿蘇東急ゴルフクラブもまた、この地震によって、クラブハウスが全壊したほか、コース内の地割れ、土砂流入、橋脚やグリーンの損傷など施設内に大きな被害が出た。そればかりでなく、主要アクセスを担う阿蘇大橋が崩落し、熊本市内から同ゴルフクラブに向かうためには山道を大きく迂回しなくてはいけなくなった。結局、2年以上の休業を余儀なくされたが、復興のシンボルとなる新しい特産品も生まれた。それがゴルフ場施設内で収穫した蜂蜜「asohachi(あそはち)」だ。

クラブハウス全壊 コースにひび割れ

熊本城内では石垣が崩れたままの場所があるなど、地震から7年がたった今でも、被害の傷跡は残っている。阿蘇東急ゴルフクラブの復旧もまた、簡単な道のりではなかった。同クラブでフロント業務を担当している高村綾乃さんは、「スタッフも被災しており、地震直後は皆、自分のことで手一杯でした。鉄道(JR豊肥線、南阿蘇鉄道)が不通になり、熊本市内と阿蘇を結ぶ主要道にある阿蘇大橋も崩落したため、交通が遮断されており、2週間ほどたってから、ようやくゴルフ場の状況を確認することができました。クラブハウスは全壊し、コース内も地割れだらけ。とても手がつけられない状態でした。私たちは手分けして備品の片付けや、隣接する別荘地の見回りなどを行いました」と当時の苦労を振り返る。

地割れが発生した震災直後のゴルフコース

地割れが発生した震災直後のゴルフコース

コース内の整備を進めて2018年7月にまず9ホールで営業再開。地震から3年がたった2019年4月に全18ホールで営業開始できた。阿蘇大橋の崩落で熊本市内からのアクセスは不便なままだったが、2021年3月には待望の「新阿蘇大橋」が開通し、熊本市内から車で気軽に来られるようになった。また、隣接地にあった、ある企業の研修施設を譲り受けてクラブハウスに改修。そこには宿泊施設もあったため、宿泊もできる「阿蘇キャニオンテラス&ロッジ」として2021年4月に新装オープン。絶景が楽しめるキャニオンテラスには、谷に向かって飛び出すような感覚が爽快なブランコも設置した。

新阿蘇大橋の開通でゴルフ場へのアクセスが向上

新阿蘇大橋の開通でゴルフ場へのアクセスが向上

「阿蘇キャニオンテラス&ロッジ」のブランコ

「阿蘇キャニオンテラス&ロッジ」のブランコ

高村さんは「地震以前は、ゴルフ場は男性のお客さまがほとんどでした。ですが、ここは世界最大級のカルデラがある阿蘇の玄関口にあります。しだいに観光目的で宿泊される家族が増え、春休みや夏休み、ゴールデンウィークの時期には、ゴルフをする方よりもファミリーの方が多くなっています。ですから、ファミリー層を意識したおもてなしを心がけています」とにこやかに語った。

阿蘇東急ゴルフクラブの高村さん

阿蘇東急ゴルフクラブの高村さん

復興支援を目的とするイベント「阿蘇東急でアソぼう」も地元・南阿蘇村と共催で2019年から開始した。ゴルフ場を無料で一般開放し、地元の野菜販売、グルメ、消防防災体験や自衛隊車両展示、クラブハウス内温泉、お楽しみ抽選会などで家族が楽しめる催しだ。高村さんは「昨年までは、南阿蘇以外の方たちに南阿蘇に来てもらって、復興を支援しようという目的でしたが、4回目の今年は、これまでお世話になった地元の皆さんに感謝しようという意味を込めています。地域とともにあるゴルフ場として親しんでもらえるよう、今後もより前向きに、地元の方たちとの交流を深めていきたいと思っています」と話している。

ゴルフ場を一般開放する「阿蘇東急でアソぼう」の様子

ゴルフ場を一般開放する「阿蘇東急でアソぼう」の様子

養蜂家も地震で大きな被害に

地震被災後、同ゴルフクラブ復旧を担った、東急不動産ホールディングスグループサステナビリティ推進部の森下芳行さんは「この阿蘇東急ゴルフクラブは、首都圏など都会のゴルフ場とは違って、お客さまの多くが、熊本県民の方たちです。地元の皆さんの利用があってこそ営業が成り立っています。ですから地元の復興なくしては、ゴルフ場の復旧もありませんでした」と語る。

まず、全壊したクラブハウスの解体が決まり、跡地はかなりの面積の更地となった。「イチゴや特産品の焼酎の原料となるサツマイモなどを栽培しようかと検討しましたが、そうした農産物のためにビニールハウスを作るとかなり費用がかかることが分かりました。被害を受けたコースの復旧に必要なため、残念ながらそのほかのことにかける余裕はあまりありませんでした」と森下さん。とりあえず花の種をまいておこう。花畑にするなら蜂蜜はできないだろうか。そんな発想から、蜂蜜作りの第一歩が始まった。

震災直後の旧クラブハウス

震災直後の旧クラブハウス

旧クラブハウス跡地。現在は芝生となっている

旧クラブハウス跡地。現在は芝生となっている

熊本県は、都道府県別の蜂蜜生産量で全国4位(2020年)と養蜂が盛んだ。森下さんが熊本県の養蜂組合を訪ねると、県内の養蜂家たちも地震によって深刻な被害を受けていることが分かった。

「asohachi」作りに取り組んでいる今木養蜂園(熊本市東区)の今木智雄さんは「地震で自宅は住める状態でなくなり、しばらくは軽トラックにテントを張って寝泊まりしていました。養蜂家は、いろんな場所に巣箱を置いておき、巡回してミツバチの様子を見て回るのですが、巣箱が壊れたり、倒れてミツバチたちが圧死してしまったり。また、県内の道路が寸断されて、巣箱を置いている所に行けない人もたくさんいました。特に阿蘇地域は、阿蘇大橋が崩落したため、山を大きく迂回すると大変な時間がかかります。結局、震災後2年くらいは訪れることもできませんでした」と語る。

今木養蜂園の今木さん

今木養蜂園の今木さん

そうした養蜂家たちに少しでも役立ちたいと、2017年からゴルフ場施設内に巣箱を設置する企画が具体化。2018年から、巣箱設置場所を無償提供し始めた。

ミツバチが活動できる範囲は、巣箱から半径3キロメートル程度とされる。そのため、巣箱設置場所の周囲には蜜がとれる花が咲く、ある程度の広い面積の土地が必要だ。今木さんは「その点、ゴルフ場は十分な広さがあります。実は巣箱は盗難されることもあるのですが、ゴルフ場内は防犯もしっかりしていて心配ありません」と話す。巣箱を置く場所は、春から夏にかけてレンゲやミカンをメーンとして花の時期で移動するが、夏から秋にかけての季節は、まとまった量の花の蜜をとることが難しかった。だが、このゴルフ場には、自生しているミカン科の植物「カラスザンショウ」が8月に開花し、豊富に蜜を集めることができる。「カラスザンショウの花からとれた蜜は、スパイシーでほんのりと苦みがあり、清涼感のある香りがします」と今木さんは語る。

ゴルフ場内のスペースに設置された巣箱

ゴルフ場内のスペースに設置された巣箱

今木さんはまた、「養蜂は、蜂蜜作りだけでなく、農業で重要な役割を果たしています。野菜やフルーツが実を結ぶためには、ミツバチが花粉を運ぶ受粉が必要なのです。最近、趣味で養蜂をされる方が増えているのですが、そのために専業養蜂家が巣箱を置くことができなくなり、養蜂家が不足している地域もあります。養蜂には、日本の農業を支える意味があることもぜひ理解してほしいと思います」と話している。

南阿蘇村の新名物 ふるさと納税返礼品にも

「asohachi」は2018年、できた蜂蜜を譲り受けて完成した。だが、当初は、被災で減少したミツバチの数を増やすことが大きな目的で、蜂蜜はその副産物。販売するまでの量はなく、東急不動産ホールディングスグループ内の贈答用や株主優待用などとして利用されていた。ところが、「独特の風味があって、甘すぎない。柑橘系であるカラスザンショウからとれた蜂蜜は他にはなかなか味わえない大人の味として、取引先などで大変喜ばれ、注文量が急増しました」と森下さん。予想以上の高評価だったため次第に収穫量を増やし、2020年には、120グラム入りのびんで約1200個分の蜂蜜を商品化。阿蘇東急ゴルフクラブの売店や東急リゾーツ&ステイの通販サイト「逸品おとりよせ」のホームページで販売し始めたほか、2021年からは地元・南阿蘇村のふるさと納税返礼品としても提供されるようになった。

「asohachi」はゴルフ場売店などで販売されている

「asohachi」はゴルフ場売店などで販売されている

この阿蘇東急ゴルフクラブでの成功例から、蜂蜜作りは東急不動産ホールディングスグループが運営する他の施設にも広がりを見せ、長野県蓼科、群馬県玉原、千葉県勝浦の各リゾート地でそれぞれ独自の蜂蜜を生産。「tabihachi(たびはち)」のブランド名でシリーズ化して販売されるようになった。森下さんは、「蜂蜜自体の売り上げは決して多い訳ではありません。しかしながら、地元の養蜂家さんと一緒に取り組むことで、それぞれの土地の自然を大切にし、その恵みとして蜂蜜をいただき、ひいては生態系の保全にもつながります。そこに、東急不動産ホールディングスがグループとして積極的に取り組んでいく大きな意義があります」と話している。

東急不動産ホールディングスの森下さん

東急不動産ホールディングスの森下さん

取材にご協力いただいた皆様

  • 今木 智雄
    今木養蜂園
    今木 智雄
  • 高村 綾乃
    阿蘇東急ゴルフクラブ
    高村 綾乃
  • 森下 芳行
    東急不動産ホールディングス株式会社
    グループサステナビリティ推進部
    森下 芳行
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